ポピュラー音楽の楽譜作成における異名同音調の選び方

異名同音調という言葉をご存知でしょうか?

異名同音調とは、「名前は異なるが同じ調(Key)」の組み合わせです。

異名同音調には、以下の表に示す組み合わせが存在します。

異名同音調の関係(長調(Major))
嬰(♯)系 変(♭)系
(♯5)ロ長調(B) (♭7)変ハ長調(C♭)
(♯6)嬰へ長調(F♯) (♭6)変ト長調(G♭)
(♯7)嬰ハ長調(C♯) (♭5)変ニ長調(D♭)


異名同音調の関係(短調(Minor))
嬰(♯)系 変(♭)系
(♯5)嬰ト短調(G♯m) (♭7)変イ短調(A♭m)
(♯6)嬰ニ短調(D♯m) (♭6)変ホ短調(E♭m)
(♯7)嬰イ短調(A♯m) (♭5)変ロ短調(B♭m)

この組み合わせの関係にある調は、どちらでも実質的に同じとみなせるのですが、楽譜を作成する場合には、どちらか一方に決める必要があります。

では、どのように決めればよいのでしょうか?

クラシック曲の採譜などで、すでに「~長調」などと銘打たれている場合は、それに従えばよいのですが、ポピュラー音楽などの採譜、もしくは自作曲の楽譜作成では、特に制限はありません。

とはいえ、曲の進行によっては、どちらの調を選択するのかで、楽譜の書きやすさ、読みやすさが変わってくることがあります。

今回は、20年近くロック、ポップス系の楽譜を書き続けてきた私が、どのようにしてこの異名同音調を選んでいるのか、という点について解説します。

1.異名同音調の説明とその使い分け

最初に、上で少し説明した異名同音調について、音律の話からもう少し詳しく説明します。

その後で、異名同音調の使い分けに関する、私の基本的な考え方について述べます。

音律とは、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シなど、各音の音の高さの関係を決めるものです。

現在、少なくとも西洋音楽ルーツの音楽における音律としては、一般的に12平均律が用いられています。

この12平均律、1オクターブを12等分するのが特徴です。

12平均律を使用する場合、G♯とA♭のように、名称は異なるが実際の音の高さは同じとなる複数の音の組み合わせが存在し、これを異名同音と呼びます。

さらに、この異名同音を主音とする調(Key)異名同音調と呼びます。

♯、♭、ダブル♯(実質全音上げ)、ダブル♭(実質全音下げ)を用いると、12平均律で用いられる12音すべてについて、異名同音表現が可能となります。

しかし、通常、調(Key)を定める調号にはダブル♭、ダブル♯を使用しないため、異名同音調となるのは次の6つの組み合わせとなります。

異名同音調の関係(長調(Major))
嬰(♯)系 変(♭)系
(♯5)ロ長調(B) (♭7)変ハ長調(C♭)
(♯6)嬰へ長調(F♯) (♭6)変ト長調(G♭)
(♯7)嬰ハ長調(C♯) (♭5)変ニ長調(D♭)


異名同音調の関係(短調(Minor))
嬰(♯)系 変(♭)系
(♯5)嬰ト短調(G♯m) (♭7)変イ短調(A♭m)
(♯6)嬰ニ短調(D♯m) (♭6)変ホ短調(E♭m)
(♯7)嬰イ短調(A♯m) (♭5)変ロ短調(B♭m)

これらの使い分けですが、私は基本的に以下の基準に従っています。

  • コードネームがシンプルで、馴染みのある表記となる方を選択
  • 調号における♯や♭が少なくなる方を選択

2.長調(Major)系異名同音調の使い分け

長調では、異名同音調のうち、嬰(♯)系を採用した方がすっきりする場合が多いでしょう。

ポピュラー音楽においては、同主短調寄り(転調表記しない)のメロディー、コードを使用する場合も少なくありません

嬰(♯)系の調を選択すると、そのような場合でもシンプルかつ、馴染みのよいコード表記が可能となるためです。

以下、個別に詳しくみていきましょう。

2-1.ロ長調(B)-変ハ長調(C♭)の使い分け

以下の理由で、嬰(♯)系のロ長調(B)を使用した方がよい場合が多いでしょう。

  • ポピュラー音楽では、ロ長調(B)の同主短調寄りの音、コードとしてG、Aを使うことが多く、この点でBの方が有利
  • ロ長調(B)の方が調号が少ない

(楽曲例(Youtube Musicリンク):Oasis「The Shock Of The Lightning」(Verse、Chorus)

変(♭)系の変ハ長調(C♭)を採用した場合、その変(♭)系譜面に、嬰(♯)系のコードネームG、Aを表記するのは、違和感があります。

一方、これらと同等の変(♭)系コード、Aダブル♭、Bダブル♭も、一般的に馴染みが薄く、表記にはためらいがあります。

従って、ロ長調(B)を使った方が、書きやすく、読みやすい楽譜に仕上がることが多いと考えます。

2-2.嬰へ長調(F♯)-変ト長調(G♭)の使い分け

以下の理由で、嬰(♯)系の嬰へ長調(F♯)を使用した方がよい場合が多いでしょう。

  • ポピュラー音楽では、嬰へ長調(F♯)の同主短調寄りの音、コードとしてD、Eを使うことが多く、この点でF♯の方が有利

(楽曲例:JUDY AND MARY「クラシック」Cメロ冒頭(M7コードとして))

変ト長調(G♭)を採用した場合、その変(♭)系譜面に、嬰(♯)系のコードネームD、Eを表記するのは、違和感があります。

一方、これらと同等の変(♭)系コード、Eダブル♭、F♭も、一般的に馴染みが薄く、表記にはためらいがあります。

従って、嬰へ長調(F♯)を使った方が、書きやすく、読みやすい楽譜に仕上がることが多いと考えます。

2-3.嬰ハ長調(C♯)-変ニ長調(D♭)の使い分け

♯数は多くなりますが、以下の理由で、嬰(♯)系の嬰ハ長調(C♯)を使用した方がよい場合が多いかと思います。

  • ポピュラー音楽では、嬰ハ長調(C♯)の同主短調寄りの音、コードとしてA、Bを使うことも多く、この点でもC♯の方が有利

(楽曲例:TRICERATOPS「GOING TO THE MOON」サビ冒頭)

変ニ長調(D♭)を採用した場合、その変(♭)系譜面に、嬰(♯)系のA、Bを表記するのは、違和感があります。

一方、これらと同等の変(♭)系コード、Bダブル♭、C♭も、一般的に馴染みが薄く、表記にはためらいがあります。

従って、嬰ハ長調(C♯)を使った方が、書きやすく、読みやすい楽譜に仕上がることが多いと考えます。

3.短調(Minor)系異名同音調の使い分け

短調でも、異名同音調のうち、嬰(♯)系を採用した方が、コードネームの点ですっきりする場合が多いでしょう。

ポピュラー音楽においては、Ⅵ、Ⅶのメジャーコードを使うことが多いです。

嬰(♯)系の調を選択すると、そのような場合でもシンプルかつ、馴染みのよいコード表記が可能となることが多いためです。

しかし、こうしたコード表記の観点だけでは甲乙つけがたく、調号に着目して決めた方がよい場合もあります

以下、個別に詳しくみていきましょう。

3-1.嬰ト短調(G♯m)-変イ短調(A♭m)の使い分け

以下の理由で、嬰(♯)系の嬰ト短調(G♯m)を使用した方がよい場合が多いかと思います。

  • ポピュラー音楽においては、Ⅵ、Ⅶのメジャーコードとして、E、F♯を使うことも多く、この点でもG♯mの方が有利

(楽曲例:LOVE PSYCHEDELICO「Standing Bird」サビ終盤)

変イ短調(A♭m)を採用した場合、その変(♭)系譜面、嬰(♯)系のE、F♯を表記するのは、違和感があります。

F♯はG♭とすればよいですが、Eと同等のコードである変(♭)系のF♭は、一般的に馴染みが薄いため、変(♭)系で統一しようとすると、読みづらい楽譜になります。

従って、嬰ト短調(G♯m)を使った方が、書きやすく、読みやすい楽譜に仕上がることが多いと考えます。

3-2.嬰ニ短調(D♯m)-変ホ短調(E♭m)の使い分け

以下の理由で、嬰(♯)系の嬰ニ短調(D♯m)を使用した方がよい場合が多いかと思います。

  • ポピュラー音楽においては、Ⅵ、Ⅶのメジャーコードとして、B、C♯を使うことも多く、この点でもG♯mの方が有利

(楽曲例:The Brilliant Green「Forever to me ~終わりなき悲しみ~」Bメロ部分)

変ホ短調(E♭m)を採用した場合、その変(♭)系譜面に、嬰(♯)系のB、C♯を表記するのは、違和感があります。

C♯はD♭とすればよいですが、Bと同等のコードである変(♭)系のC♭は、一般的に馴染みが薄いため、変(♭)系で統一しようとすると、読みづらい楽譜になります。

従って、嬰ニ短調(D♯m)を使った方が、書きやすく、読みやすい楽譜に仕上がることが多いと考えます。

3-3.嬰イ短調(A♯m)-変ロ短調(B♭m)の使い分け

こちらは、上2つの場合と事情がやや異なります

ポピュラー音楽においては、Ⅵ、Ⅶのメジャーコードとして、F♯、G♯を用いることが多いですが、これらと同等のコードである変(♭)系のG♭、A♭も、さほど馴染みが薄いというわけではありません

従って、コード表記の観点では両者に差はない、ということになります。

そのため、その他の点で特にこだわりがなければ、調号における♯や♭の数に着目し、調号が比較的シンプルになるB♭mを選択するのがよいでしょう。

4.まとめ

最後に、ここまで紹介してきた、ポピュラー音楽の楽譜作成における異名同音調の使い分け方をまとめます。

使い分け基本方針

  • コードネームがシンプルで、馴染みのある表記となる方を選択
  • 調号における♯や♭が少なくなる方を選択

長調、短調それぞれにおける使い分け方

  • 長調:嬰(♯)系を採用、とした方がよい場合が多い
  • 短調:変ロ短調(B♭m)以外は嬰(♯)系を採用、とした方がよい場合が多い

今回の記事が、楽譜作成作業などのお役に立てれば幸いです。