ACID Pro 8で使える小技~パンチイン録音的な波形切り貼り作業を効率化する方法~
今回は、DTM用DAWソフトACID Pro 8で、波形の切り貼り作業を効率化する方法についてお伝えします。
他のDAWソフト同様、ACID Pro 8でも、ギターやボーカルといったアナログ演奏の録音が可能です。
アナログ演奏の録音は自由度が高い反面、一発で完璧に録音し終えるということがなかなか困難で、たいていの場合、同じパートを複数回(テイク)録音して、その中からベストを選ぶことになるかと思います。
DAWソフトACID Pro 8では、トラック上の波形を簡単に切り貼りできるので、複数テイクの中からベストを選ぶのも比較的簡単です。
特に、フル演奏の複数あるテイクの中からベストを選ぶということであれば、さほど時間はかからないでしょう。
ですが、演奏の一部分だけテイクを差し替える場合は、使いたい部分の頭出しが必要で、この作業にかかる時間は意外にバカにならないのではないでしょうか?
私も長年「何とかならないものか・・・」と頭を悩ませていましたが、最近になってようやく、次のような方法を編み出しました!
- n拍分のサンプル数(n:シフト量)を基準に「イベント プロパティ」の「スタート オフセット (サンプル)」を増減して、頭出しを実行する
- n拍分のサンプル数は、Excelなどの計算シートで、各値に応じて自動計算するように準備しておく
この方法では、トラックのタイムライン上での波形の移動、切り抜きなどの操作回数が減らせるため、使いたい部分の頭出しが早く行えるというメリットがあります。
また、この方法は録音波形に限らず、ループ音源波形を編集する場合にも使えます。
それでは以下、詳しくみていきましょう!
1.切り貼り作業とは
最初に「切り貼り作業」について、その必要性と内容の観点で少し詳しく説明します。
1-1.切り貼り作業の必要性
冒頭でもお伝えしましたが、ギターやボーカルなどのアナログ演奏の録音を一発で決めるのは、なかなか困難なことです。
「出だしは良いが、後半がダメだ」など、部分的な修正を行いたいケースがよくあります。
そこで、同一パートを複数回(テイク)録音したものの中からベストな部分を切り貼りする、いわば演奏の「良いとこどり」を行うという発想が生じてきます。
古くからある「パンチイン録音」というのも、こうした発想から生まれた方法です。
1-2.ACID Pro 8における切り貼り作業
ACID Pro 8において、ギターやボーカルの録音データ(wav形式のオーディオファイル)は、クリップ(波形の断片のようなもの)としてトラック上のタイムラインに並べられます。
このクリップは任意の位置で分割できるので、使いたい部分だけ切り抜くことができ、これをコピーしてどこかに貼り付けることもできます。
クリップ(波形)の分割は次の手順で行えます。
- タイムライン上で分割したい位置にカーソルを合わせる
- 分割対象の波形を右クリックして「カーソル位置で分割」を選択
このように波形分割、コピー、ペーストを行うことを「切り貼り作業」と呼んでいます。
2.頭出しに時間がかかる3つのケース
1で説明した演奏の「良いとこどり」を行うには、最初に使いたい部分の「頭出し」を行う必要があります。
しかし、この「頭出し」の作業、次のような事情で時間がかかることがよくあります。
- 複数ファイル間で録音タイミングが揃っていない
- 使いたい部分がファイルによって異なる
- 同じファイルの異なる部分を使用したい場合がある
以下、それぞれの場合について少し詳しく説明していきます。
2-1.複数ファイル間で録音タイミングが揃っていない
単純に、同一パートのテイクを差し替える場合、差し替える2ファイルの録音タイミング(フレーズの時間位置)が揃っていれば、次のような簡単な手順で差し替えが完了します。
- 差し替え対象のクリップを選択して右クリックして表示されるメニューウィンドウ内項目「イベント クリップ」から差し替えるファイル(クリップ)を選択
しかし、途中から録音したファイルも混在している場合など、録音タイミングが揃っていない場合には、そう単純にはいきません。
このような場合、個々のファイルを、クリップとしてタイムライン上に展開した上で区間を特定して切り貼りする必要があります。
この作業の分、時間と手間がかかります。
2-2.使いたい部分がファイルによって異なる
「ファイルAの区間a、ファイルBの区間bを使いたい」といったように、使いたい部分がファイルによって異なる場合も、そう単純にはいきません。
このような場合も2-1のときと同様、個々のファイルをタイムライン上で確認して切り貼りするという作業が必要になり、時間と手間がかかります。
2-3.同じファイルの異なる部分を使用したい場合がある
ギターリフのような、同じパターンの繰り返しを録音した波形において。
「n回目のパターンをm回目のものに差し替えたい」というようなことがあります。
このような場合、m回目の近傍で波形を切り取って、それをn回目の位置に配置するという作業が必要になります。
そのためには、やはり2-1や2-2の場合と同様、個々のファイルをタイムライン上で確認して切り貼りするという作業が必要になり、時間と手間がかかります。
3.頭出しに時間がかかる要因と対策
3-1.要因
2でみてきたように、演奏の「良いとこどり」のための「頭出し」の作業で時間と手間がかかるケースが多いです。
なぜ「頭出し」に時間がかかるのでしょうか?
考えられる1つの要因として、小節数や拍数といった、音楽的な位置(差分情報)を基準に波形操作をしていないということが挙げられます。
頭出し作業は、「ここから4小節先のフレーズを使いたい」といったように、元の位置からのシフト量を基準に行うことが多いので、「何小節後」とか「何拍前」といった差分情報を瞬時に利用できた方が便利です。
タイムラインの軸にも、小節位置に関する情報(数字)は示されているのですが、こうした差分情報が見づらく、確認に時間がかかります。
3-2.対策
もっとダイレクトに、こうした差分情報を使って波形操作が行える方法はないものか・・・
そのように考えていたとき、次のような方法を考えつきました。
- n拍分のサンプル数(n:シフト量)を基準に「イベント プロパティ」の「スタート オフセット (サンプル)」を増減して、頭出しを実行する
- n拍分のサンプル数は、Excelなどの計算シートで、各値に応じて自動計算するように準備しておく
「スタート オフセット (サンプル)」というのは、波形クリップの開始位置を指定するもので、「0」にすると波形の先頭から再生され、値を増やすと途中から再生される、というものです。
「n拍に相当するサンプル数」というのは、頭出しのために波形を進ませたり遅らせたりするシフト量に相当します。
つまり、ここで「n拍に相当するサンプル数」に基づいて、「スタート オフセット (サンプル)」に数値を入力すれば「頭出し」が行える、というわけです。
数値入力なので、タイムライン上で波形の切り貼りという操作を行わずに頭出しが行えます。
では、数値入力する際に必要な「n拍に相当するサンプル数」はどのように計算すればよいのでしょうか?
以下、基本的な考え方を説明してきます。
- BPM:1分間に打つ拍数
- fs:1秒あたりのサンプル数
- s:元々のスタート オフセット (サンプル)
これらの概念を用いると、「n拍に相当するサンプル数」は次のように計算できます。
- 60/BPM×fs×n
これを用いると、波形を元の位置sからn拍進ませた場合のサンプル数(「スタート オフセット (サンプル)」に設定する値)は次のように計算できます。
- s + 60/BPM×fs×n
例えば、BPM120、44.1kHzサンプルで設定されたプロジェクトで、元々の「スタート オフセット (サンプル)」が0である波形について、4拍(4/4拍子なら1小節)先のフレーズを頭出ししたい場合、設定すべき「スタート オフセット (サンプル)」は、
0 + 60/120×44100×4 = 88200
と計算できます。
BPM、fs、n、sを入力して、こうした値を自動計算できるようにしておき、その結果をそのままコピーして、「イベント プロパティ」の「スタート オフセット (サンプル)」に貼り付けるようにすれば、計算→入力の手間も省けます。
なお、元の位置から遅らせる(巻き戻す)場合は、nをマイナスの値にして考えればOKです。
例えば、BPM120、44.1kHzサンプルで設定されたプロジェクトで、元々の「スタート オフセット (サンプル)」が100000である波形について、4拍(4/4拍子なら1小節)前のフレーズを頭出ししたい場合、設定すべき「スタート オフセット (サンプル)」は、
100000 - 60/120×44100×4 = 11800
と計算できます。
4.最後に
以上、DTM用DAWソフトACID Pro 8で、波形の切り貼り作業を効率化する方法についてお伝えしてきました。
ここで再度、今までの内容を簡単にまとめておきましょう。
そもそもなぜ波形の切り貼り作業が必要なのかといえば、
- ギターやボーカルの録音において、一発OKを出すのはなかなか難しい
- 複数テイクを録音して演奏の「良いとこどり」を行うことで、事態を打開する
ということでした。
そして、切り貼り作業を効率化する上では「頭出し」の作業の効率化が必要であり、その方法は、
- n拍分のサンプル数(n:シフト量)を基準に「イベント プロパティ」の「スタート オフセット (サンプル)」を増減して、頭出しを実行する
- n拍分のサンプル数は、Excelなどの計算シートで、各値に応じて自動計算するように準備しておく
というものでした。
この「n拍に相当するサンプル数」という概念を用いて、次の式で求まる値を「スタート オフセット (サンプル)」に設定すれば頭出しが行える、と言うのが最終的な結論でした。
- s + 60/BPM×fs×n
- BPM:1分間に打つ拍数
- fs:1秒あたりのサンプル数
- s:元々のスタート オフセット (サンプル)
- n:シフトさせる拍数(進ませる場合はn>0、遅らせる場合はn<0)
冒頭でもお伝えした通り、トラックのタイムライン上で波形の切り抜きと移動を繰り返す作業は、意外に時間のとられるところです。
今回編み出した方法を試してみたところ、作業の工数だけではなく、心理的ストレスも減って快適に作業が行えるようになりました!
「一発OKになる演奏をすることが本筋」というのは正論ですが、ボーカルにピッチ補正を施すのが一般的であるのと同様、演奏の「良いとこどり」もまた、楽曲音源制作において必要不可欠な作業だと思います。
数多くあるDTM作業の中でも、あまり語られない類の話ではありますが、特にACID Proでアナログ演奏録音を含む楽曲音源を制作しているDTMerの方々のご参考になれば幸いです。