「孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考 増補改訂版・孤独論」を読んでみた感想
「DTMは孤独な作業・・・」
そう思っている人も多いかもしれません。
孤独といえば、先日、
「孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考 増補改訂版・孤独論」という本を見つけ、そのタイトルに惹かれ、内容に引き込まれ、かなりのハイペースで読み進めてしまいました。
著者である田中さんの考えや体験が詰まった一冊ですが、日々楽曲音源制作を続けるDTMerの方々にも刺さるところがあると思います。
今回は、本の章構成とは関係なく、私が読んで思ったことをカテゴリー別に記していきます。
1.生き方
1-1.従うことの罠
従うことの「罠」
という表現があります。
これを見て思い起こしたのは、DTMの定石に従うことの楽さと危うさです。
確かにDTM作業においては、多くの場合に当てはまるノウハウというものもあり、自分で一からもがくより、そうしたものに頼った方が、はるかにスムーズに事が運ぶこともあります。
しかし、そうしたものに従い続けてばかりいると、自分の判断力が弱くなってしまいますし、きっとどこかで冷めてきてしまうでしょう。
ときにはあえて「非効率でも自力で挑戦」という機会が必要だと思います。
1-2.他人を応援している場合か
これも刺激的な内容です。
音楽についていえば、
自分の音楽作りは大変で、他人の音楽を聴いて支持する方がはるかに楽ですが、果たしてそれだけで自分は本当に満足するだろうか、ということを改めて考えるとき、
「やはり制作こそがライフワークだ」
という思いを新たにすることができるのではないでしょうか?
2.制作
2-1.制作はスムーズに進まない
本書において、こうした表現で話が出てくるわけではありませんが、
「音楽制作もスムーズに進まないことがほとんどだな」
と、読んでいて思いました。
聴けば数分で終わる楽曲でも、制作となると、それよりもはるかに膨大な時間と労力を注ぐことになります。
「もっとスムーズに、快適に進められないものか」と思うことしきりですが、
著者の田中さんも、小説をスムーズには書き進めておられないようです。
書き直したり、書いていても本当にこれでいいのか、と疑い始めたり・・・
田中さんは鉛筆で執筆というアナログスタイルでの作業であり、デジタルスタイルのDTMerとは、環境が相当異なりますが、
デジタルだからといって何もかもスムーズに進めていけるわけでもないので、
このあたりの話はDTMerでもかなり共感を持てるのではないでしょうか?
2-2.非効率さの肯定
先ほどの「従うことの罠」の話に通じるところでもありますが、DTMをやる上でも非効率さは肯定せざるを得ないときが多々あるでしょう。
DTMについてネット検索などすると、時短術などのような効率化につながる情報が見つかりますし、
このブログでも、そうした効率化の話を取り上げています。
しかし、例外的な状況に出くわすことも多く、全部が全部、効率化できるわけではありません。
効率化できないタスクに挑むと、
- 何時間も調整して仕上げたトラック
- 何時間も調整してボツにしたトラック
- 何時間も試行錯誤した挙句、最初の案に戻したトラック
こうした非効率なものが生まれてきますが、
これらもまた、作品の完成、ひいては、自分の人生に必要だということでしょう。
3.習慣
3-1.一日一回机の前に座る
田中さんは一日一回、机の前に座る習慣を続けられているとのことです。
DTMerなら、
- DAWを開く
- DAWを操作する
といった習慣を続ける・・・
5分でも、曲ができなくても・・・
小さくても続ければ大きな積み上げに・・・
小さいからといって何もしなければ、何も積み上がらない・・・
といったところでしょうか。
3-2.身体性を失わないこと
本書の中で印象に残ったのが、鉛筆で文字を書くことの意味についての話でした。
効率だけを考えれば、キーボード入力の方が有利な場合が多いと思います(キーボード入力に習熟しているなら)。
しかし、鉛筆の方が、一文字一文字異なる身体動作、しかも時間もかかりますから、豊かな身体感覚が得られるということはいえそうです。
音楽制作でも似たことがあります。
MIDIパターンをマウスやPCキーボードで打ち込んでいるときには行き詰まっていた制作が、鍵盤やギターによる演奏を経て解決アイディアが生まれて再び進み出す、ということがあります。
こうしたこともまた、豊かな身体感覚の産物ではないかと思い直しました。
4.インプットの位置づけ
4-1.インプットの重要性
インプットしていると、アウトプットに割ける時間が減ってしまう・・・
アウトプットを重視していると、しばしばそういう考えに陥るのですが、
本書ではインプットの重要性が説かれています。
インプットを理由に、アウトプットから逃避するのはよろしくないですが、
マンネリを防ぐ意味でも、外部からの刺激は必要だということで、インプットの時間を削り過ぎないようにしたいと思います。
4-2.わからなくてもよい読書
これも新鮮でした。
読書は、直接的には言語を追う営みで、言語は理解のためにあるので、わからなければ読書の意味がない、と思ってしまいがちです。
しかし、文字以外の他形式のコンテンツの場合をよく考えてみると、必ずしも理解にこだわることもないと思います。
例えば音楽、舞踊、絵画など、
わからなければ意味がないとは必ずしもいえないでしょう。
もちろん、何らかの知見があればそれだけ深い鑑賞が可能になりますが、
なくてもないなりに味わえます。
それと同じで、読書もまた、わからないまま味わうことも可能ではないかと・・・
本書でそこまで述べているわけではないですが、わからなくてもよい、というところから連想して、こうした考えがふとよぎりました。
4-3.言葉は使うほど失われる
ここの失うという意味が、文字通りにはよくわかりませんが、
同じ言葉を繰り返すと、新鮮さが摩耗していくようなイメージなのだろうと思います。
音楽も同じかもしれません。
テンプレート化できるぐらい使い慣れたものは、楽で効率的で便利ですが、少しずつ新鮮さを失っていくように感じられます。
だからこそインプットが必要であり、身体を使い、非効率を受け入れて刺激を受け続けることが大切なのだと思います。
5.最後に
今回紹介した書籍「孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考 増補改訂版・孤独論」は、一人で音楽制作を続けるDTMerにとって、その姿勢を静かに支えてくれる一冊だと思います。
この記事では、私が読んで思ったことを独自にカテゴリー分けして書き綴りましたが、
本書には他にも様々なエピソードや考え方が詰まっており、
自分の境遇や思考と照らし合わせて読んでいくと、思いがけない発見もあるでしょう。




